英雄毛沢東の虚像
さて毛沢東という政治家、中国では未だに英雄とみなすように教育されています。天安門広場では彼の巨大な肖像画が掲げられ、紙幣にも彼の顔が描かれています。中国共産党は彼の大躍進政策や文化大革命の失敗を認めながらも、それでも毛沢東を第二次大戦後の中国の混乱を収めた英雄として結論づけています。
しかし実際には彼は20世紀における究極の極悪人であり、戦争で死んだ数を除いても彼が直接・間接に殺した人数は数千万人とも言われています。全く機能するわけがない大躍進政策を推し進めて無数の国民を餓死させ、その失態をそらして権力を握り続けるための文化大革命によってまたたくさんの人々が死にました。
あまりにたくさんの人々が死にすぎたため、その数を正確に知ることは出来ません。wikipediaには、大躍進政策では2000-5000万人、文化大革命で数百万から1000万人としています。これはヒトラーが虐殺したユダヤ人や少数民族の合計をはるかに上回るものです。wikipediaによると、その数は900-1100万人程度とされています。
大躍進政策
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%BA%8D%E9%80%B2%E6%94%BF%E7%AD%96
文化大革命
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%A7%E9%9D%A9%E5%91%BD
ホロコースト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88
毛沢東ほどの極悪人が未だに人気があるのは、中国共産党の情報統制にあります。中国国民の多くは、毛沢東がどのようなことをしたのか、正確に知りません。毛沢東に限りませんが、中国政府はマスコミを管理し、自分に都合のよい情報しか国内に流通させません。中国国内において真実を調べるということは簡単なことではないようです。
さてこの筆者、このようなことを書いています。
改革が進んで市場経済が広がる中、官僚の腐敗が進み、貧富の差が拡大し、労働者が切り捨てられて農村は疲弊した。毛沢東時代にあったはずの公費医療や公費教育が廃れた一方、毛沢東時代にはなかった売春や麻薬、「黒社会」などが復活し、氾濫(はんらん)しているのである。
私は詳しい調査をしたわけではありません。しかし官僚の腐敗はたいしたことがなく、売春、麻薬、黒社会が毛沢東時代にはなかったと書いています。本当でしょうか。私には俄かには信じられません。今でも中国では公式には売春や麻薬は無いことになっていますが、もちろん存在します。また当時の官僚は自分だけは食料を確保しつつ、多くの国民が餓死するのを容認したのではないでしょうか。また権力を持った一部の人々によって搾取の限りを尽くされたと思いますし、それ自体が政府主導の巨大な黒社会であると思います。中国南部では毛沢東時代から麻薬が栽培されていたという説もあります。
しかし中国政府がもしそのように国民を教育しているのならば、それは大きな問題となります。国民は毛沢東時代の悪い部分を知ることなく、良かったことばかりに焦点を当ててしまいます。そして毛沢東時代は良かったと勘違いしていることになるからです。
中国の大きな問題は、歴史的に常に施政者が情報を管理し、国民が真実を知る機会が極めて限定されていることです。結果として、国民や国家のためでなく施政者のために情報が操作され、巨大な混乱を引き起こしてきました。この筆者は毛沢東時代が酷かったことよく知っています。基本的に私はこの文章の言わんとしていることには賛成です。そして彼も、中国が恐怖政治に戻る可能性は高いとは思ってはいないかもしれません。しかしこの筆者ですら毛沢東時代の官僚の腐敗は少なく、売春や麻薬がなかったと書いてあるのですから、中国国民は果たしてどう思っているでしょうか。そして情報が自由に流通している日本ですら、毛沢東の極悪ぶりを知らない人がかなり多い。旅行者は中国に行って毛沢東グッズのお土産を買い、日本でも毛沢東の写真がプリントされたシャツが売られています。私は毛沢東はヒトラー、スターリンと並ぶ20世紀最悪の極悪人だと思っている反毛沢東派ですので、毛沢東グッズは身に付けません。
【石平のChina Watch】悪夢?蘇る毛沢東の亡霊
4月4日の清明節、北京の毛主席記念堂に大勢の民衆が慰霊のために訪れた。当日の正午までに、入館者数は「4万人以上に上った」と報じられている。
本来、先祖の墓参りをするための祭日に、数万人の民衆が、先祖でも親族でもない毛沢東の記念堂に押し寄せてくるのは、いかにも異様な光景だ。
3月20日に公表された、「都市部住民の宗教信仰」に関する調査の結果も興味深い。北京や上海などの都市部では、11・5%の一般家庭に毛沢東の像が仏像や先祖の位牌(いはい)と同じように祭られているという。
都会でもこのようだから、農村部はなおさらのことだ。去年2月に四川省の田舎へ帰省したとき、私も、「毛沢東崇拝」が盛んであることをこの目で確認している。
死去してから33年目、毛沢東は相変わらず、民にとっての「神」である。
だがこの三十数年間、中国人民は実際にはむしろ、毛沢東が示した方向とは正反対の道を、ひたすら走ってきたはずである。
改革・開放路線の実施以来、中国は政治的に毛沢東流の「階級闘争路線」と決別し、経済的には毛沢東が警戒する「資本主義の復活」を見事に成し遂げた。この間における中国の発展は、毛沢東路線から離反した結果でもあるのだ。
それなのに、多くの民衆が依然として、毛沢東を神様のように崇拝しているのはなぜなのだろう。
よく考えてみれば、その理由も簡単だ。要するにポスト毛沢東におけるトウ小平改革路線の推進は、あまりにも大きな弊害も生み出したからである。
改革が進んで市場経済が広がる中、官僚の腐敗が進み、貧富の差が拡大し、労働者が切り捨てられて農村は疲弊した。毛沢東時代にあったはずの公費医療や公費教育が廃れた一方、毛沢東時代にはなかった売春や麻薬、「黒社会」などが復活し、氾濫(はんらん)しているのである。
こうした中で、政府や官僚や黒社会に苦しめられながら深い絶望感と疎外に陥っているのは底辺の民衆であろう。一度の病気で年収数倍分の蓄えが消え、金持ちの飲むコーヒー数杯分の金額で娘が体を売るという今の世の中は、彼らにとって“生き地獄”である。
だからこそ、民衆は貧富の差が小さく、最低限の生活が保障された毛沢東の世に救いを求め、現在の諸悪を退治してくれるような「人民指導者」の再来を渇望するのである。
言ってみれば、今の「毛沢東崇拝」の背後にあるのは、トウ小平路線のもたらした社会的ゆがみの深さと、トウ小平路線それ自体の行き詰まりである。
そして、中国の左派のたまり場である「烏有之郷」というウェブサイトの言葉をみれば分かるように、彼ら左派たちは今、トウ小平路線に対する痛烈な批判を公然と展開しながら、毛沢東路線への回帰を熱心に唱えているのである。
彼らはいまだに少数派であるが、現状不満から毛沢東崇拝に走る一般民衆は大いにいるから、潜在的支持者層は厚い。しかも、左派の掲げる「毛沢東思想」の旗印は共産党公認のイデオロギーでもあるから、政権は彼らの運動を簡単に封じ込めることもできない。
そして今後、経済成長が落ちて失業が拡大し、民衆の不満が頂点に高まったとき、「毛主席の良き世に戻ろう」とのスローガン一つで民衆をたき付けるような野心家が立ち上がると、誰の手にも負えない一大政治勢力が、あっという間にできてしまう可能性は大だ。
ファシズム恐怖政治の権化である毛沢東の亡霊は再び蘇(よみがえ)ってくるのか。それこそは悪夢なのである。
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【プロフィル】石平
せき・へい 1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『私は「毛主席の小戦士」だった』など著書多数。
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