カテゴリー「中国旅行」の27件の記事

中華圏で車の象徴するもの

 中国では高級車と言えばメルセデスやBMWではなく、何故かアウディが人気です。共産党幹部や政府高官の多くがアウディに乗ります。上海でも北京でもアウディは実に多く走っています。理由を中国人の友人が説明してくれました。例えばメルセデスは中国では汚職の象徴なのだそうです。普通に生活していて中国でメルセデスなど買えるはずはない。メルセデスを持っている人は何か汚職に手を染めて不正利益を得ているから、そんな印象が中国ではあるんだそうです。だからメルセデスより少し安いアウディが一番人気ブランドとして確立されたんだそうです。
 ちなみに日経ビジネスによると。アウデイと事故をするとまず間違いなく自分に不利な判定が出てしまうとか。権力を持った人が乗った車との事故は避けましょうということですね。

 さて所変わって台湾。台中市出身のルームメイトが、他の都市はわからないけれど台中市限定でということで教えてくれました。メルセデスは金持ちの象徴で犯罪者に狙われやすい、BMWはギャングの乗る車の象徴という印象があるそうです。だからここではレクサスがすごく人気なんだとか。
 そういえば昔は日本でもメルセデスはヤクザの乗る車で怖いという印象がありましたね。

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深夜の住宅街の違い

 今私は神戸の郊外の住宅街にいるのだが、夜は当然通りに人がたくさん出歩くことはない。ここは中心部の繁華街ではないのだから当たり前である。ところが中国人の友人はこれに驚く。彼に言わせれば、ここはまるでゴーストタウンだと言う。
 確かに北京でも上海でも、繁華街は勿論のこと、郊外の住宅街でも通りは人であふれていた。普通に住宅街の通りには屋台や通りで物を売る人、そしてそんな店で食事をしながらいつまでも話をしたりゲームをして深夜まで賑やかに過ごす。こんな夜遅くまで外に出歩いていて彼らは何をやっているのか、次の日の仕事はどうするのかと思う。日本でそんなことをしていたら次の日はとても仕事なんて手につかないだろう。逆に普通の住宅街の通りでそんなことをしていたら苦情が出るだろう。でもそれが普通の中国人には、日本の静かな住宅街はとても奇妙で退屈に写るらしいから面白いものだ。

写真は深夜の上海の住宅街

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帰国~~

 帰ってきました。初めてアメリカ以外の外国に住みました。嫌な事や失敗も多かったけど、結構面白いこともありました。

 ところで4年前中国に行ったとき、閉店時間前に店を閉められて困ったことが二度ほどありました。そして今日の上海浦東空港、同級生の一人が飛行 機に乗り遅れたそうです。何でも本人はフライトに間に合うように予定通りの時間に行ったにも関わらず、本来の予定よりも早く搭乗手続き窓口を閉められて飛 行機に乗れなかったそうです。彼のその後の命運はとんと知れません。まだ空港にいたら可哀想過ぎるというか笑えすぎるというか。
 しかもこれは例外的出来事ではなくて、うちの学校の職員も過去に二度ほど同じ事をされてしまったそうです。中国人従業員は早く仕事済ませて早 く家に帰りたいのでしょうか。それにしても予定通り空港に着いている客を無視して手続きをさせず、飛行機を予定より早く出発させるなんて、反則技もいいと ころでしょう。
 他の同級生は乗り継いで太平洋横断のアメリカ行きの航空券になっているにも関わらず、太平洋便の荷物重量制限を適用してもらえずに追加料金を 取られました。やっぱ中国ビジネスのサービスレベルは顧客なんか全く無視ですごいねえ、と感慨深く話しこみました。皆さんも中国に行くことがあれば、飛行 機の手続きは予定より早めに済ませることをお勧めします。

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明日は帰国、の前に今日は蘇州に再び行く。

 月曜日に最後の授業が終了。授業の予定が変更されて来週まで次のセッションが始まらないので、飛行機の予定を変更して中国国内を旅でもしようかと思ったら、アパート探しや宿題やらで以外と忙しいことが判明、結局予定通り帰国することになりました。

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 それでも水曜日の帰国までにまるまる一日空いているので、上海から比較的近い世界遺産登録の黄山に行こうかと思ってました。ところが電車の運行表を見ると飛行機の予定に間に合わないことが判明、予定変更で運河の街、東洋のベニス、拙政園・留園・滄浪亭・網師園・環秀山荘・獅子林・藝圃・園・退思園の九つの庭園が世界遺産に登録されている蘇州に再び行くことにしました。四年前にも行ったんだけど、世界遺産に登録されている中の、蘇州の四大庭園をすべて回りきれていない、前回は写真を撮っていない、そして前回行った拙政園は非常に美しく、豫園同様もう一度行きたいと思っていた。ということで再び挑戦です。
 駅前に降りると、いきなり運河が工事中。そして高層ビルがここでもニョキニョキと生えていて、工事中だらけだった町並みも随分と近代化された部分が増えていました。時代の流れと中国発展の勢いを感じます。中国は本当にわずか数年で別の町になります。
 今回はそれなりに予定がきつくて、予定を遂行するためにかなりせわしく庭園を回りました。しかも雨季の夏ということで非常に蒸し暑く、しかも観光客が一杯。そのせいでのんびりと庭園の美しさを堪能するというわけにはいかなかったけど、まあ仕方のないところでしょう。とりあえず世界遺産を全てまわったという事実が確立しました。そして今回は大量に写真を撮って、前回悔いが残っていた部分をかなり埋め合わせることが出来ました。

短かった上海生活もいよいよ終わり、明日はいよいよ帰国です。

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上海セッション終了にあたって

 あっという間に一ヶ月以上が経過し、そろそろ上海での授業も終了です。  

 昨日はマーケティングの最終試験でした。得意なはずだし授業の内容も理解出来ていて、それなりにいい点とれるんじゃないかと期待していました。木曜日まで続いていたグループワークでのシミュレーションでも結果は上場。
 試験の問題は架空企業のマーケティングケース分析。しかし一番最初の基本の利益計算を間違えて、本当は新規プロジェクトは黒字なのに赤字だとした為に、その後の全ての意思決定を正解と反対にしてしまうという取り返しのつかない重大な間違いをやってしまいました。これはただマーケティングの授業の問題だけではなくて、何せ成績が悪いと苦労して獲得した奨学金が取り消されてしまうんですよ。どんな結果が来るかなんてもう見たくもありません。

 一人で部屋にいてもそんなことばかり考えてしまうので、気分を変える為に友人と一緒に中心街のバーに行きました。上海の熱い夜は夜中でも通りは人の群れで埋め尽くされる。新宿みたいね。
 そしてそこで人生初めてのボッタクリを経験。しかも外国で。帰宅前の支払いの時、明細書が素晴らしく積み重ねられた書類の束になって届けられました。いったい私たちは何杯飲んだことになっているのか。ちなみに酒の飲まない私はバーでもコーラだけ、しかも二杯だけ。
 ふざけんじゃねえぞ、というわけで諤々と交渉を開始する。友人が中国人で良かった。もっとも暴力的なことになることもなく金額もたいしたことになることもなく(総額で数千円程度)適当に折り合いをつけたのでした。中国有数の名門、上海交通大学出身で地元事情にも詳しいこの友人曰く、「これくらいの金額であまりにしつこくごねてて怖いお兄さんが出てきても困るだろ、こちらの警察は業者とつるんでるから当てになんないぞ」。これもまた上海を離れる前のいい思い出でしょう。

 来週のプレゼンテーションが終わった後は世界遺産にも登録されている中国の絶景地、黄山にでもさらっと行ってから帰国しようかと思ってます。

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豫園

Pict0059 Pict0060Pict0086  私は基本的に旅行で同じ場所に行くことはありません。同じ場所行くくらいならば、行った事のない新しい場所を行ったほうが面白そうだと思うからです。そして今日は豫園という古い中国庭園に行ってきました。ここはバンドと並ぶ上海でも随一の観光名所で、バンドからも徒歩圏内にありまPict0087 す。
Pict0090  実は四年前にもここに行ったのですが、その美しさと心を落ち着かせる雰囲気にすっかり参ってしまいました。その当時の私は写真をとることに全く興味がなくカメラも持っていなかったのですが、そのことをかなり後悔していて、次に上海に行くことがあったらもう一度ここを訪れようと思っていたのです。というわけでここは二度目です。そして今回は写真も撮ってきました。
 残念ながら観光シーズンの土曜日ということで、園内は観光客で一杯。前回行ったときのような心安らぐ静謐な雰囲気というのが壊れてしまっていましたが、それでもその美しさは保たれています。三次元の複雑な造詣と水や石の配置などが絶妙で、正直日本の後楽園や偕楽園などよりも私は全然いいと思います。

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天然記念物を合法的に食べよう

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 写真はカブトガニです。恐竜が生きていた太古の昔から、殆ど姿を変えることなく現代まで生き残ってきました。しかし日本では開発や汚染の影響で最近は数を減らしていて、現在は天然記念物に指定されて保護活動が進められています。
 そしてこの写真ですが、別に保護施設や研究施設で撮影したものではありません。ペットショップでもありません。上海のスーパーの海鮮物コーナー の水槽です。要するに早い話が食料品として売られているんですよ!一匹約千円。中国の食料品の相場を考えると結構高い。日本ではこれを食べたりすると犯罪 行為ですが、ここでは合法的に食べられます。上海のカニは上海蟹だけじゃないですよ(正確に言うと、生物学上カブトガニは蟹ではありません)。
 それにしてもカブトガニって大きさの割りに殻ばかりであまり食べるところがなくって、それ故に自然界でもあまりカブトガニを食べる天敵もいないという話ですが、流石は 中国人、食べられるものは決して見逃さないようです。昔NHKのテレビ番組で見たので中国人がカブトガニ食べることは知っていたけれど、普通にスーパーで 売ってるとは思わなかった。でも私は遠慮しときます(_ _,)/。
 ちなみに他にも日本では普通魚屋で見かけることなどない鮒の仲間や雷魚などが水槽に泳いでいました。日本で生まれてさえいればスーパーに陳列されることもなかったであろうに、どうもご愁傷様です。

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国が傾く美女の都市、杭州

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 臥薪嘗胆、呉越同舟、または傾国美女(国王が美貌に溺れて政治を忘れて国が傾くほどの美女)といわれた西施といった、日本でも有名な言葉やことわざで名高い歴史のある都市、杭州。南宋時代には首都として栄え、マルコポーロにも絶賛された、当時は世界有数の大都市だったそうです。こちらでの唯一の連休も早くも最終日ということで、今日は同級生と二人でその杭州に行ってきました。電車で上海駅から約二時間、料金は軟座で47元です。
 ここの名物は西湖という湖で、その周辺には色々と歴史的名所があります。レンタル自転車を借りて周囲約15キロの湖を一周しながら、岳飛廟とか白楽天の造った堤防等を見て楽しんできました。でも不思議と西施の像とか廟はないんです。これだけ有名なのに不思議なことです。美人すぎて像がつくれないのでしょうか。それと天気は曇りで霞がかり非常に蒸し暑く、風景の美しさを引き出していなかったのが少々残念でした。
 帰りは都合のいい電車に乗り遅れたために、N電車の硬座の切符33元を買って上海に帰る。二時間半で到着予定だったのに結局かるく三時間以上かかって夜10時を過ぎて上海に到着。中国人の同級生に「電車の遅れはよくあるんだ。そのくらいなら許容範囲さ」といわれました。とりあえず疲れたので明日の授業に備えて勉強もせずにお休みです。

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中国の中国製品

 ライターを使わないと点火しないコンロ、スイッチを入れても米が生煮えのまま炊けない炊飯器、すさまじい音と振動をたててエラーばかり起こして途中で止 まる洗濯機、一時間以上たっても服が乾かない乾燥機。あるいは持ち上げただけで袋が破れて中身が散らばる小麦粉、袋の外周辺にも粒がついている砂糖、やけ にぱさぱさしているお菓子。中国製品の品質はほんとに低いです。
 日本製と比べて低品質といわれながらも、日本に入ってくる中国製品は、世界一厳しいといわれる日本市場向けの品質基準で輸入されているのでまだましです。でも中国向けの中国製品の品質の低さを中国にいると実感します。
 私が日本人というだけで、時々すごいなあみたいな感じのことを言われたり、或いは尊敬の目で見られたりことがあります。特にこの傾向はアジア系 の人には顕著です。別に私自身は何一つすごいことをしていないから、彼らの意見は的外れなんだけど、日本製品であれば買ったとしても品質・性能に間違いな いだろうという、絶対的な安心感があるのがわかります。だから何故彼らが日本製品を好むのかという理由を、理屈ではなく直接に体験してよく理解しました。

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海賊版DVD

 先月に北京滞在しているときに地図を買おうとして、ホステルのフロントでどこに売っているか尋ねました。すると隣の郵便局で売っていると言うので早速行ってきました。地上一階にはなくって、地下を指差されるので言われるままに会談を降りる。すると何故かDVDとかを売っているんですよ、しかも海賊版の。違法コピーで有名な中国ですから海賊版のDVDは全然珍しくもなんともないんだけど、ここ郵便局ですよ。それとも地下と地上は微妙に管轄が違うんでしょうか。
 さらに驚いたのが、裸のお姉さんが丸裸で綺麗な胸をあらわにしたパッケージのDVDとかもいくつかあるんですよ。ようするにアダルトビデオなんですよ。共産主義国の中国では、少なくともこういうものは存在自体しないことになっているはず。それが違法コピーで、しかも郵便局で堂々と売っちゃいますか。商魂逞しいというか市場経済万歳というか、いやいや驚きました。こういう柔軟性が自由市場導入前の、かつての共産党幹部にも必要だったんではないですか。でもちょっと恥ずかしくて証拠写真は撮れませんでした。ちなみに日本とは放送方式が違うので、買っても再生は出来ないと思います。

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中国人の建物へのこだわり

 日本はコストや効率性を追求する結果、建物の形は限りなく単純になりがちで、多くの高層ビルは立方体かそれに準ずる形になっています。中国では建物の形または色がやけに複雑です。工場を建てるのにすら、中国の会社の建物は複雑で個性的だからすぐにわかるという記事を読んだことがあります。実際北京・上海で日本のような単純構造のビルを探すのはそれほど簡単ではありません。例え金をかけても効率が落ちても、独自性のある建物を造りたい或いは個性を出したいというのが中国の価値観なのだと思います。そして私はそういうのが嫌いではありません。どこにいってもありきたりな長方形の形のビルは見ていてつまらないですから。 Pict0154

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  写真を撮ることに全く興味がなかった私が、いきなり写真を撮りたいと思ってカメラを買うきっかけになったのが、実は2004年の上海旅行でした。あまりにく数多くの形のビルに驚いてしまったのです。

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中国ファストフード

 中国は数多くの外食があります。地元の中華料理は勿論、マクドナルド、ケンタッキーと言った外資の大手もあちこちに見ることが出来ます。その密集度は東京並みです。日本ほどではありませんが、マクドナルドの接客レベルはボストンやニューヨークの店舗よりもよほど上でした。確かダブルチーズバーガーが6元、ケンタッキーでチキン1ピースが7.5元くらいだったと記憶しています。

Pict0081  北京周辺には吉野家も数十店舗展開しているようです。せっかくですので吉野家にも偵察を兼ねて二度ほど行ってきました。お昼前だというのに早くも多くの中国人で賑わっています。外資系のファストフードとしては比較的値段が安いのも人気の秘密かもしれません。ちなみに牛丼一杯12元(200円以下)です。マクドナルドやケンタッキーでセットを頼むとそれなりの料金になるので、量の割りにお買い得です。アメリカの吉野家のビーフボウル(牛丼)は量も味もアメリカ人用に変えてありましたが、中国での味は多分日本と一緒です。といっても私は日本の吉野家に六年くらい行っていないので定かではありませんが。とにかく北京で簡単に安く日本の味を懐かしむには、吉野家はいい選択肢になるでしょう。
 北京の吉野家は牛丼以外にもいくつかのメニューがあります。チキンの照り焼き丼みたいなのもあるのですが、カレーもありましたのでちょっと挑戦しました。以前上海でカレーを食べると、中国風の味に変えてありました。五香粉の香りと中国風の出汁の味があって、明らかに日本、インド等のカレーとは味が違います。明らかに中国風味の味と香りなんです。果たして吉野家のカレーも同じでした。実は私、この五香粉の香りが嫌いです。中華料理ではよく使われる基本的な香辛料なのですが、これを大量に使ってある中華料理は正直げんなりします。日本人は基本的に味噌が好きですが、外国人はどうしてもあの香りが好きになれないという人がいます。それと同じようなものなのでしょう。ちなみに上海で買ったインスタントカレーも同じような味がしました。この味が中国人にとっての基本的なカレーの味になっていると思われますので、中国でカレーを食べる人はそれを前提に食べてください。ちなみに具は大きめぶつ切りの赤身牛肉(多分すね肉)とやはり大きめの野菜がごろごろと入っていてかなりのボリューム感があります。これも他の国のカレーと随分違いますね。

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中国小売事情

 私は外国に行ったときに、コンビニ、スーパー、百貨店等の小売業を見てまわるのが大好きです。そこには地元の人たちが買うものとその値段があるわけですから、どのようなものがどのくらいの値段で売られているかを見ることによって、その地域の人々の生活がわかると思うのです。特に人々が日常利用するスーパーなどは面白いです。マネックス証券社長の松本大氏も似たような考えをもたれているようで、その話を聞いたときにあのような大物と意見が一致したのでちょっとうれしく思いました。

 さて中国の小売業を見て気がついたことを書いてみましょう。中国人は牛乳とかチーズとかの乳製品を好まないと聞いたことがあります。コンビニにいってもなかなか新鮮な牛乳を置いてあることは少ないです。数ヶ月間の 長期間保存の効く殺菌されたパックのものだけだったりします。チーズの売り場も小さなものです。それなのに何故かヨーグルトとヨーグルト飲料だけは人気で、どこにいっても新鮮なものが何種類も大量に置いてあります。これはちょっと不思議です。
 ブランドは中国製と思われるもの以外に欧米・日本のナショナルブランドがしっかり浸透しています。どこに行っても炭酸ならコカコーラかペプシ、紅茶ならキリン、ウーロン茶ならサントリーが必ずあります。ポッキーをはじめとするチョコレートのグリコ、チップスならフリトレー、チョコパイのロッテなども定番商品です。飲料は三元前後で安いですが、お菓子などは中国と先進国の経済格差を考えるとそれなりに高い値段で売られており、特にチョコレート系は日本とあ まり差がありません。明治の板チョコなどは日本より高いくらいです。こんな値段でも買っていくのでしょうか。
 それから飲料で不思議なのが、基本的にあまり冷たくないということ。どこの国に行っても飲料はよく冷蔵庫で冷えたものを売っているものです。しかし中国 はあまり冷やしたものを飲む習慣がないのかもしれません。そういえばサントリーが冷えたウーロン茶を売ろうとしたとき、暖かいお茶しか飲まない中国人に馬 鹿にされたと聞いたことがあります。今は冷やしたお茶もすっかり定着したようですが、それでも炭酸飲料ですら生ぬるいというかちょっとだけ冷たい程度にし か冷やしていないのです。同時に最初から冷やしていないものを併売しています。同じ中華圏でも台湾では普通に冷やしているそうです。30度を越えるような 暑い日が続く中、中国人は冷たい飲料を欲しがらないのは何故でしょうか。それとも冷蔵庫と電気代を節約しているだけなのでしょうか。

 

Pict0005   コンビニについて。ローソン、ファミリーマート、セブンイレブンが日本から進出しています。そして地元資本のコンビニもあります。日本のコンビニは日本同様にオニギリ、弁当なんかを売っています。でも味は中国風です。セブンイレブンの場合は日本と異なり弁当がなく、その代わりにデリカみたいな形でショーケースに入っている惣菜を選んで買い、それをそのまま店内で食べられるように立ち食いのコーナーがあります。弁当なんかを売るのは当たり前じゃないかと思う人もいるかもしれませんが、コンビニ発祥の地アメリカではパンやサンドイッチさえ売ってなかったりするのです。せいぜいドーナツとお菓子があるくらいでしょうか。そして地元資本と思われるコンビニは、弁当のような食材を置いていないことが多いのです。弁当の供給や運送は手間がかかりますが、その反面少なくとも日本においては売り上げも多いし集客力にも影響します。
 そして意外にも日本のおでんが人気だと聞きました。北京のセブンイレブンに行って観察していたのですが、実際に中国人が普通におでんを買っていくのを何組かみました。そして何故か知りませんが、レジの前、日本だとガムなんかを置いてあることが多い場所にコンドームを並べて売っています。 
 店舗のつくりや品揃えは日本と似ていますが、全般的にサービスや店作りのレベルは低いです。特に中国資本のものはそうですが、でもこれは日本資本のコンビニにも言えます。

 スーパーについて。ウォルマート、カルフール、イトーヨーカドーなど外資が進出していて、大きな店舗を大都市の中心部にいくつか構えています。その反面、郊外の普通に庶民が行くスーパーというものがあまりありません。私は自分で普通の住宅地の裏通りまで歩き回るのですが、そういうものを見る機会が少なかった。あっても個人経営でやっているような小規模なものがほとんど。店の品質も品揃えもサービスレベルも結構問題ありです。日本のレペルに慣れているとかなりの差を感じることでしょう。そもそもこのようなスーパーマケットというのが中国ではまだまだ一般的ではないような感じすら受けました。昭和30年代40年代とかの日本みたいなものかもしれません。
 スーパーには新鮮な牛乳もあります。魚は沿岸で捕れたと思われる舌平目、太刀魚といった海のものもありますが、川魚が多いです。ハクレン、鯰、鯉や鮒の仲間、雷魚まで売ってました。魚の値段は安い。スーパーによっては惣菜コーナーのようなものもありますが、あまり浸透はしていないようです。日本と違うのがサラダ油。かなりの充実振りです。普通に4リットルや5リットルのサラダ油を多種多様に売っています。アメリカで1ガロン(3.8リットル)入りの牛乳やオレンジジュースを見ると日本人は驚きますが、中国でのこの油も同じくらいの衝撃があります。実際中華料理って非常に油を多く使うので、これくらいないとすぐなくなってしまうのでしょう。私も普段の脂っこい中華料理にちょっと飽きてます。アメリカの料理も油だらけでしたが、中国はそれ以上でした。

 百貨店について。北京は知りませんが、上海の百貨店はかなり綺麗になっています。4年前に上海に来たときはまだまだ、田舎の出来損ないの店のような日本だととうてい通用しないようなのもありましたが、今回見た限りではかなり綺麗です。店構えに関しては日本と同じくらい。欧米ブランドの服もありますが、同時に中国製ブランドと見られるものもいくつか入っていました。値段はそれなりにしますので、あまり中国に来たというお買い得感はありません。
 Pict0142 一階の化粧品売り場もかなりの充実ぶりです。中国女性は収入が少なくても化粧に使う金を惜しまないと聞きます。それと街を歩いて気がつくのが、やたらスタイルのいい胸の形の綺麗な女性が多いこと。中国人は細いのにプロポーションの綺麗な人が多いと驚いていたら、百貨店にはそういうブラの大きな専門コーナーがあるみたいです。エスカレーター登っていると「三階・魅力文胸・スタイリッシュブラ」の看板が出てました。あれは詰め物だったわけね、納得しました。どこの国も美に関する女性の投資は多いようです。

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宿泊先

私が北京で泊まったのは東方農光青年旅館というところです。

よいところは

かなり北京の中心部にあって場所的に観光に便利。北京駅にも歩いていける。
安い。シングル一泊80元。
フロントはなんとか英語も通じる。

悪いところは

地下四階で窓もない。
あまり綺麗さとか豪華さは期待してはいけない。
シャワー・トイレは共用。
でも値段が値段だし仕方のないところ。とにかく貧乏でお金を節約したい人にはよろしいんではないでしょうか。

 

Pict0110 さてフロントの人に労働条件などをちょっと聞いてみました。一日12時間労働、一ヶ月で28日勤務!とかなりの重労働、日本だと労働基準法違反です。それで給料は700元、12,000円ほどでしょうか。日本だと一日で稼げそうな額です。ちょっと同情します。フロントではありませんが、地下の部屋係の子にも同じ事を聞いてみようと思ったのですが、英語がまったく通じずわかりませんでした。あどけない顔しているので年齢を聞いてみたら、17才だそうです。彼女は英語が出来ない分、さらに給料は安いのかもしれません。

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北京六日目 盧溝橋と中国人民抗日戦争記念館

 というわけで今日は予定を変更して北京にもう一泊、これで北京滞在も最後です。午前中はいろいろと雑用をしてたらすっかり出発が遅くなり、予定を遅れて盧溝橋に向けて出発。
 いつものごとくバスルートをフロンドで聞いてとりあえず前門まで行ったんだけど、どうも乗り換えの目当てのバス停留所が見つからない。近くにいた警察の 人に地図を示していると、そこらへんで物売りをしていたおばさんが親切にもバスまで連れて行ってくれた。とりあえず前門からおばさんの手振りで示してくれ た301のバスに乗り、なんとか近くまで行くことに成功。そこからシトロエンのタクシーに乗って目的地に到着しました。私は途中でバスを降りてしまったの ですが、結局この301のバスが盧溝橋まで行っているようです。

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さて中国人民抗日戦争記念館まできました。日中間には歴史問題があります。どちらが正しいかは別にして、双方それぞれに歴史見解があるわけで、中国側の 見解や中国がどのようにこの問題を宣伝しているかを見ることはとても重要なことです。江沢民時代は特に反日教育Pict0124 に力が入っていて過激だったとも言われま す。  
 中には日中戦争の歴史、731部隊をはじめとする毒ガス兵器の中国全土における使用実績、従軍慰安婦問題、日本が中国に与えた6000億ドルの金銭的と3500万人の人的損害、30 万人が虐殺された南京大虐殺の被害と資料などが展示してありました。猶これらの数字はこの博物館に展示されていた中国側の発表数値であり、筆者の意見を表すものではありませんし、それが正確なも のかどうかの信頼性については不明です。
 かなり残虐で悲惨な写真も多数ありました。しかし偶然ここを訪れていた他の日本人が喋っているのが聞こえてきて、彼によると数年前には南京大虐殺には専 門のコーナーがあって、日本兵が刀でまさに中国人を切り殺す瞬間の写真とかがあったから、今は前ほど過激ではないと言ってました。江沢民から胡錦濤政権に 代わってから、思想教育も穏健で現実的になったという話も聞きます。それが本当ならば、これもその一環ではないでしょうか。
 ちょっと気になったのが展示している言語。中国語だけで説明が書かれていて、英語も日本語もいっさいないんですよ。以前日本の残虐性を知らしめるために 作られた韓国の刑務所博物館に行ったときは、英語や日本語の表示がありました。日本のことは「日帝」と表示されていて反日意識をかなり強調していました が、ここ中国ではそういう表示もしていなかったように思います。もっとも私は中国語が読めないので定かではありません。とりあえずこれは中国人向けの施設 であり、外国人を意識したものではないようです。ちなみに日曜日でしたがあまり客はいなくて、ほとんどが中国人、それから少数の日本人だけでした。

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 それから面白いのは宣伝のしかた。共産国のプロバガンダって、旧ソ連や北朝鮮なんかもそうなんだけど、なんかすごくわざとらしく感じます。なんせここは 中国人民抗日戦争記念館、中国の勇敢ぶりを宣伝すること自体に不思議はありません。でも歴史上はまったく日本の零戦に歯が立たなかったイリューシンの戦闘 機が、この絵では次々に零戦を撃ち落していて、現実とはまったく逆になっています。あるいはまだ幼い子供が降伏した悪人顔の日本兵に銃をつきつけ、その日本兵が頭の上まで手を あげて泣きそうな情けない顔になっているのって、どうも現実感がない。
 もし私が中国人だとしても、私がこの絵を見るとかなり呆れるというか引いてしまいます。はっきり言って逆効果です。本当に中国人とかはこの絵を見て奮い立ったりするのでしょうか、気になります。

 最後に盧溝橋に行ってからバスと地下鉄を乗り継いで北京市中心部に帰り、北京駅から上海に向けて出発しました。多少の問題は発生しましたが、前回の上海旅行と違ってあまり中国人に騙されなかった、むしろ親切にしてもらうことが多かったという点で全く異なりました。商売気が強くて金銭に執着する上海とは、北京はちょっと文化が違うのかもしれません。

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北京五日目 万里の長城

Pict0096_1 Pict0094_3 Pict0109_2  北京市から行ける万里の長城は一般的に三つです。とりあえずその中で一番有名な八達嶺長城というのに行くことにしました。フロントで行き方を聞きます。まず地下鉄二号線に乗って積水潭駅か鼓楼大街駅で降りて、徳勝門と大きな門まで数分歩きます。するとそこに919というバスがあるので、そこからは目的地まで一直線。なんでも70キロくらいの行程らしいのですが、バス料金はわずか12元、200円くらい。余計なお世話でしょうが、ほんとにガソリン代のもとがとれているのでしょうか。それにしてもオプショナルツアーとかで行くと100元や200元は取られるので、万里の長城を見る前にこの安さに感動です。
 万里の長城に行く高速道路の上、電光掲示板には気温38度と書いてあった。嫌なものを見てしまった。確かに今日は暑い。エアコンの効いた車内だけど、とりあえずペットボトルのコーラを飲む。バスはだんだん山岳地帯に入っていく。ときどき昔ながらの農村が見えてすごく情感がある。そして長城到着。
 山のほうだからだいぶん涼しいのではないかと思ったが、それでも十分に暑かったです。登山口の左側は傾斜が急なので、右側のほうが人気だそうです。それでも急なところはそれなりに急です。外国人が「私は膝を痛めちゃったよ」と言っているのが聞こえました。登っても登っても延々と続く長城。もとより端まで行けるはずもなく、この暑さの中で猛烈に喉が渇く。登山前に買ったペットボトルをさらに二本飲みましたが、ほとんどが汗になってしまったようです。体力のない人にはケーブルカーなども出ているようですので、お金払ってこれで上まで登ったほうがよいでしょう。

 それでも麓から見るだけでなく、長城に登って山岳の上をどこまでも伸びていく城壁を見るのは美しい。暑いとはいえ晴天に恵まれ、乾いた風が汗ばむ肌にここちよい。よい体験でした。
 観光のために登るだけでもこれだけ疲れる万里の長城。ここまで石を運び上げてそれを造った人、吹雪の冬もうだるような夏もこの長城に上り下りしてここを守った兵士達。ご苦労様でした。そして2000年以上前から造り始められて未だに存在し続ける長城。中国の歴史の雄大さを感じられます。

 夕方帰ってくると、北京駅まで行って今度は南京行きの切符を買うことにした。ところが買えない。英語が通じる人がいなくて、どうしても切符が買えない。外国人専用切符販売所があると地球の歩き方に書いてあったのだが、それがどうしても見つからない。インフォメーションデスクに行っても要領を得ない。とにかく英語が通じる普通の切符売り場を見つけてT列車の寝台を予約しようとするものの、それはないと言われる。この時点で相当の時間を使って歩き回っていた私は、かなりいらついていた。すぐに買えると思っていた切符が、二時間くらいたってもまだ買えていないのだから。Z電車という特急の豪華版のちょっと高いやつしかないと言われ、いらついてた私は上海から北京にT列車に乗ってきたのに、それがないわけないだろうと思って頭にきて切符を買わずに駅を出ました。本当は今晩寝台列車に乗って南京に明朝到着、南京大虐殺博物館等を一日観光したあと夕方に上海に戻ろうかと思っていたのですが、計画は変更です。後でわかったのですが、T電車は北京駅ではなくて北京西駅から出ているのかもしれません。このあたりを説明してくれないのが文化の差というか言葉の差というか。
 結局ホテルに帰った後で計画をやり直し、北京にもう一泊して一日観光した後、夜に上海行きの電車に乗ることにしました。南京大虐殺博物館は諦めましたが、北京には中国人民抗日戦争記念館という似たような施設があるので、代わりにここに明日行くことにしました。南京大虐殺に関する展示もしてあるようです。盧溝橋事件で有名な盧溝橋の近くだそうで、ちょっと北京中心部からは離れていますが、十分行ける距離です。

 

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北京四日目 頤和園

                                      Pict0070 Pict0057 Pict0045  この日はなんとか多少も熱が下がり足の痛みもひいた。本来ならばまだまだ寝てないと駄目なんだろうけど、せっかく外国に来てこれ以上はひきこもりたくない。なんせ80元の部屋、テレビもないし窓すらないのだよ。
 私が北京で絶対に行きたかった場所は万里の長城。しかも今日は実に天気がよい。というわけで早めにそこに行きたかったのだが、この状態で果たして長城に登れるかどうかを考えると、ちょっとやばそうだ。

 というわけで、同じく世界遺産に登録されている、西北のちょっと郊外にある頤和園(いわえん)という皇帝の離宮に行きました。英語ではsummer palaceと呼ばれ、皇帝の避暑地だったようです。以前NHKの番組で紹介されていてとても美しかったので、ここもまた行ってみたかったのです。
Pict0072  本来はバスを乗り継いで行けるようですが、私は不幸にもバスルートマップを買い忘れてしまい、どのバスを使えばいいのかわからない。一応ホテルのフロントでバスを聞いたのだけど、間違ったことを教えられたのか言葉の問題なのか、どうもたどりつけない。北京動物園の近くまでバスでこれたので、そこからとりあえずタクシーに乗ることにしました。北京初のタクシーです。初乗り料金は10元。日本でバスや鉄道に乗るくらいの料金で移動できます。
 ついでに貧乏人のみなさん、北京・上海ではバスルートマップは是非買いましょう。大抵のところにはこれだけでいけます。しかもだいたい近距離ならば料金はわずか1元。ほんとにガソリン代の元が取れるのかという激安ぶり。ものすごく便利ですよ。

 上海は伝統的にドイツのフォルクスワーゲンが多いのですが、ここは韓国の現代自動車が多いです。韓国車は今世界的に流通しており、品質も性能も非常に良くなっていると聞きます。私は一度も韓国車に乗ったことがないので、この機会に是非現代の車に乗ってみたい。通るタクシーの車種を慎重に選びながら、現代自動車のエラントラという車種のタクシーに乗ることに成功しました。その乗り心地ですが、ちょっと走りすぎているのか、ショックアブソーバーが抜け気味。タクシーとして使われているから仕方のないことかもしれませんが、ちょっとがっかりです。本来はもっと性能がいいのでしょう。でもそんなに悪い車だとも思いませんでした。

 さてこの頤和園もまたでかいです。大きな湖の周りを柳の木がとりまき、石畳の遊歩道が湖の周りを取り囲み、ところどころに情感のある建物があります。この湖は少なくとも周囲数キロはあると思いますが、驚いたことに人造湖です。皇帝が避暑を楽しむために作らせた湖です。当時の中国の皇帝がいかに大きな権力をもっていたか、いかに我侭だったかがこれでわかります。当時の中国の労働者に生まれなくて良かったと思います。ついでに格安で皇帝気分を満喫できる現代社会に感謝です。
 周囲の遊歩道を歩き、欄干一つ一つに獅子の彫刻がついた橋を渡って島に行き、そこから水上遊覧船に乗って対岸にある建築物に行き、山を登って仏閣を見て遠く市内を見下ろし、山を下ってかつての皇帝たちの住居等を見て帰ってきました。
 この日は本当に天気がよくて、晴れた空の下で心地よい風が柳の木をゆらし、この美しい公園の魅力を見せてくれました。体調の悪かった私も、天気のよさと公園の美しさに癒されて、動き回った割にはやや体力も回復。今回の北京旅行で一番良かったと思ったのはここかもしれません。

 帰りは適当なバスに乗って市内方向に行き、途中で降りて地図をみながらまたまた長い距離を歩いて帰りました。私にとって普通の町並みを自分で歩いて直接見るということは、観光名所を見るのと同じくらい大切で楽しいことなのです。

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北京三日目 引きこもり

 最初の日に大雨の中を歩き回り、次の日には足が痛いのにさらに長距離を歩き回り、すっかり体調を崩しました。まず喉が痛い。そして熱がある。いったい何 度か知らないけれど、確実に熱がある。さらに足は豆だらけ、もっとひどいのは左足の腿と右の足首で、ゆっくりと歩くのさえかなりの痛みを伴う。自分の部屋 からトイレに行くのすら一苦労。
 まだまだ旅は長い、ということで人生初ですが、海外旅行に来たのに部屋に閉じこもって療養することに決定しました。引きこもるならわざわざこんなところまで来てしなくても、日本でいくらでも引きこもっていたんだけど、いったい何をやっていることやら。でもこれ以上無理して体調を本格的に崩しては元も子もない。しかも足の痛みと発熱によって、昨日 からあまりぐっすりと寝ることが出来ない。それでもたまたま持ってきていた抗生物質を飲み、携帯音楽額プレーヤーを何時間も聞きながらひたすら耐え ました。夕方になって少しだけ良くなって、食事をするついでにちょっとだけ散歩。明日は少しは回復することを祈って、ほんとに何もせずに一日が終わりまし た。

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北京二日目 天安門広場、故宮、北海公園

Pict0031 Pict0013_1 Pict0006  二日目はなんとか雨もあがり、いつ雨が再び降り出すかという薄曇の中を天安門に歩いていく。天安門広場から前門、それから中山公園を門の外から見て故宮へ。この故宮はやはり大きく迫力があります。なんでも7800もの部屋があるそうで、ほぼ一通りまわってみたんだけど、いいかげんどれも同じように見えて新鮮さが薄れてくる。ひたすら数時間歩いて、疲れて北門から出ました。
 Pict0035 すぐ近くには北海公園というのがあるので、疲れていたけどついでにそこまで行ってきました。故宮は確かに大きくて迫力があるけど、どうも圧迫感がある感じも受ける。その点ここは大きな池の周りに緑や建物がうまく調和して配置されていて、ちょっと安らぎます。南門から入って島を通り、湖岸を歩いて北門から出ました。Pict0036

 そこから適当にホテルに帰る道を歩きながら、町並みを偵察。この時点で相当足がやばいくらい痛くなっていたのだけど、あまり開発が進んでいない町並みを直に見たいという欲求を抑えきれない。タクシーにも乗らずに結局歩き倒しました。実は雨に濡れて靴の形が変形してしまったのか、靴擦れが出来て足にいくつも豆が出来てかなり痛い。その足をかばうように変な歩き方をしていたら、本格的に足そのものが痛くなってきました。結局10時間くらい出かけていて、8時間くらいは歩いていたでしょうか。時速3Kmだとしても24キロは歩いた計算です。普段引きこもりしている身には辛いです。

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北京一日目 到着

 電車の窓から見える空が白み始めたが、どうも薄暗い。というか霧がかっている。というか、はっきり言って雨である。北京駅に確か10時すぎらくいに到着。ついてわかったが、かなりの大雨であった。道路が平らとはいいがたく排水性の貧弱な北京、自動車がタイヤを半分くらい水に沈めながら走っていく。
 最初はとりあえずホテルを探しながら散歩でもしようかとぶらぶらしていたのだが、途中から雨の影響を無視できなくなり、本格的にホテルというかユースホステル探しを開始。ネットで調べておいたいくつかの安宿リストの中から、駅に近くて「地球の歩き方2006中国」の地図にも載っていた「北京農光青年旅館」というのに行くことにする。下のリンクはなかなか北京に貧乏旅行する人には助かるのではないでしょうか。

http://page.freett.com/beijing/bjgh.htm

 ところがこれがどうにも見つからない。とりあえずそれらしい建物に片っ端から入ってみたり、そこらへんの中国人に聞いてみたりするのだが、どうしてもわからない。勿論中国語などまったくできないので、地図と旅館の名前を見せるのだが、適当に方角だけ示される。聞く人によって示す方角が違ったから、彼らもわかってなくて適当に方角を示しただけの人もいるようだ。
 北京駅で買った小型の傘はあまり有効とは言い難く、大雨でずぶぬれ。しかもこの旅行のために買った1280円の安物の大型バックパックの肩紐が千切れてしまった! おかげて荷物運びに苦労しながらの移動である。みなさん、バックパックは旅に耐えられるそれなりのものを買いましょう。 
 この時点でようやく地図が違うのではないか、或いはこの旅館は閉店したのではないかと思い始める。近くの教会の人に聞いてみたら英語がある程度通じて、しかも親切に電話までして場所を聞いてくれた。キリスト教徒の人って親切だ。そしてやはり地図が違っていたらしい。地図に書いてある場所からちょっとだけ南西方向に歩いてようやく目指すホテルを発見。こうして北京駅を出て四時間くらいかかってようやくホテルについたのでした。
 この時期だからたいして混んでないだろうと思ってましたがやはりそのとおりで、一泊80元(約1300円)でシングルルームにご宿泊決定。荷物も私もぐっしょり濡れてます。特に荷物が濡れたのは痛かった。ついでに糸と針を借りて、不器用な手でバックパックの修理に取り組む。そんなことをしているうちにすっかり夕方となり、しかも大雨。この後は近くをちょっと偵察したぐらいで特にどこにもでかけることなく一日目が過ぎていきました。

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中国へ向けて出発

 いよいよ中国へ。まずは長距離バスに乗り空港へ。早速ノイズキャンセリングヘッドフォンを使ってみる。バスの中は飛行機ほど騒音が激しくないせいもあって、なかなか快適でした。飛行機の中でも勿論使いました。やはり飛行機はかなりの騒音が発生し、ノイズキャンセリング機能があるといえども、全く静かになるというわけではありませんでした。とはいうものの、ノイズキャンセリング機能のスイッチを切ったとたん、耳を覆うようなあの雑音が発生します。少なくともスイッチを入れておけば、普通の音で普通に音楽を聞くことが出来ます。無理やりにボリュームを上げることなく、地上と同じボリュームで音楽を聞けるということは画期的かつ快適です。上海からは電車に乗りましたが、この長旅でも活躍でした。

 上海空港からはホテルのお出迎えの人がいて、車でホテルまで連れて行ってくれました。本当は空港と市内を結ぶ世界初のリニアモーターカーに乗って時速400キロオーバーを体験してみたかったのですが、荷物が非常に多いために一人でそれを運びながらホテルまでというのは辛い。というわけで素直に空港からホテルまで車で一直線。
 四年前に比べてまず景色が違う。空港への道はまだまだ周りに何もない印象が昔はあったけど、今は道路沿いにもたくさんの建物が立ち並んでいる。それから車。以前はタクシーやバスばかりだったけど、今は普通の車が実にたくさん走っている。しかも種類が多い。フォルクスワーゲンサンタナばかりではなく、ボーラなどの新型のワーゲンがかなりある。会社もビューイック、シボレー、トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、アウディ、BMW、その他見たこともない数多くの中国車たち。実にバラエティ豊かになっていて、中国の急激な発展を感じました。
 ホテル、というかこれから生活する学校の寮になるのだが、まずここで荷物を預ける。たまたま英語の授業から帰った同級生たちが夕方にちょっとした飲み会をやっていたので、これに参加。少しだけ顔を売る。そして上海駅にむけてタクシーに乗り、北京に旅立ちます。

 中国の鉄道はZ、T、Kなどの種類があり、時間や豪華さ、料金がそれぞれ変わってきます。Zだと北京まで12時間弱、Tだと12時間強、Kだと24時間くらいかかってしまうようです。Zが豪華版の特急、Tが普通の特急、Kがローカル電車みたいなものでしょうか。寝台車でZだと478元、Tだと確か370元くらいだったと思いますので、たいして時間が変わらないし、Tが割安。でもZは二段ベッド、Tだと三段ベッドで、寝台車の豪華さは違います。最初は普通の座席にしようとしたのですが、駅の切符売り場の係員が身振りで「疲れるから寝台にしろ」みたいなことを示して勝手に寝台にされました。普通の座席だとさらに半額くらいになるのですが、まあ寝台もいいかと言われるままに寝台にしました。結局Tの寝台に乗って北京へ。初めての寝台車でしたが、長旅で疲れていた私はそれなりに寝れました。宿泊費も浮きますので、寝台車の旅も悪くありません。こうして移動だけで一日目を潰しました。

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貧富の差

 やっぱり現地の人と話をして情報収集をしようと思って、
日本人向けのキャバクラにいくことにしました。意外と高
くて、東京近郊の日本のキャバクラ(取手あたり)に行くの
と変わんないんです。
 んでもって色々と話してきました。まだまだ上海は治安
が悪いみたいで、時々身元不明死体が新聞に載るらしい。
夜の貧民街を平気で一人歩いている私も気をつけたほうが
よさそうだ。私はビルの3階にある店にいったのだが、2階
の店はぼったくりとかあって危ない店だったらしい。やば
かった。また、かなり発展のイメージがある上海だが、貧
乏な人はとことん貧乏なようだ。私と話をした女の子は上
海出身ではないのだが、地元で幼稚園の先生をしていたと
きの年収は2000円なかったといっていた。でも実際上海の
ほとんどの人は貧民街に住む貧乏な人という感じをうけま
した
 。

 テレビで見る上海は超高層ビルが立ち並ぶ急発展する国
際都市です。実際にたくさんの超高層ビルがたくさんあっ
て、その規模は新宿の新都心を上回るでしょう。四角い箱
を並べただけの日本のビルとちがって、こちらのビルは形
や色が非常に個性的で、その意味でも日本をはるかに上回
っています。
 そのすぐ近くにはそれと正反対の町並みが広がっていま
す。租界時代の分化遺産みたいな建物にそのまま住んでい
る人々。東京の同潤会アパートを想像すれば比較的近いか
な。それと昔から続く貧民街。道路には生ゴミがちらかり、
町並み自体がかなりくさかったりします。通りは住民に占
領されていて、たとえば歩道で髪を切ったり洗濯物が干し
てあったり。正直中国は発展しているといってもまだまだ
大変だと感じました。


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4本足は机以外、空飛ぶものは飛行機以外

 中国はなんでも食べると言われています。SARSもハクビシ
ンというジャコウネコを食べてひろまったという新聞記事が
出てました。
 また中国には野良猫と野良犬がいないといわれています。
人間が食べちゃうからだそうです。でも野良らしいのも見
ましたから全くいないというわけでもないのでしょう。
 そんなある日、町を歩いていると猫の鳴き声が。どこから
だろうと思うと、近くに大きな袋を持ったおじちゃんとおば
ちゃんか立っていて、どうもその袋の中からたくさんの声が
聞こえる。多分猫集めて肉屋にでも売りにいくんだろうなー。
猫はペットという印象しかない日本人には衝撃的光景です。
流石中国です。

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四日目 蘇州

 4日目は東洋のベニスとよばれている、運河が町中にはり
めぐらされた蘇州に行きました。臥薪嘗胆の故事で有名な、

呉王
闔閭のつくった町です。

 電車に乗るにも荷物検査と体温検査。体温は大型の非接
触型の機械で皮膚の表面の温度を測るものなので、ごまか
しがきかない。でも今度は重い荷物をもって歩き回ること
もなかったために、あっさり合格。よかったよかった。時
速140キロの特急に乗って上海から50分。意外と速い列車
があるもんだ。
 蘇州についたとたん、やはりいろんな人に取り囲まれる。
レンタル自転車の店を紹介している人と値段交渉している
間に、地図を売りに来たおばちゃんから蘇州の地図を買っ
た。しかし自転車の紹介やとの値段交渉に夢中になってい
る間に、地図を値切るのを忘れて、言い値のままぺらぺら
の一枚の地図を5元で買ってしまった。しまった、1元まで
値切れたなと後から思ったが、まあ仕方ない。
 自転車は40元から20元まで値切った。自転車の保証金が
200元というので、150元までとりあえず値切った。まあ自
転車返せば戻ってくるんだからいいだろう。おばちゃんが
夕方5時までに返してと言った。意外と短い時間しかないよ
うだから、急いでまわらないと。
 呉の孫権が立てた寺とか世界遺産に登録されている拙政
園とか行ったが、この拙政園はかなり綺麗でした。その他
中心部の繁華街やそこにある百貨店、他の庭園や市場、観
光客など誰もいない裏通りの貧民街、とにかく色々行きま
した。他にもいろんなとこ行こうと思ったんだけど、毎日
すごい距離を歩き回っていたためにそろそろ体力に限界が
きて、自転車に乗るのがかなりつらい。
 町並みは確かに運河もあるのだが、古い汚い町並みがそ
のまま残っていたりする。しかもあちこち近代化の工事中
で、とにかく砂埃がひどい。個人的には蘇州は運河の町と
いうよりも、砂埃の町というイメージがついてしまった。
 そんな近代化された町の狭苦しい路地をほんの数十メー
トル入ると、そこは汚臭のただよう貧民街である。ここは
小学校の運動場にある体育用具入れの小型倉庫かと思うよ
うな、運河沿いの窓すらない狭い部屋。そこの壁伝いに三
段ベット、というよりも三段の棚に人が寝ている。きっと
ソ連の潜水艦の水兵だって、もっとましなとこに寝ている
だろう。

 さて時間と体力の限界によって行きたいところに思う
ようにいけなかったが、とりあえず帰ることにした。レ
ンタル自転車屋に5時10分前に無事到着。ところが・・・
 自転車屋のおばちゃんが店に鍵かけてすでに帰ってや
がった! 何が5時までに自転車返しにこいだ。おまえが
5時より先に帰ってどうするんだ! しかもよく見ると看
板にはしっかり「国営」と書いてあった。やっぱり国営
企業だ。どうしてくれるんだ、私の保証金。
 もう頭にきて、こうなったらこの自転車駅前で150元
で売り飛ばしてやろう、それが出来なければせめて腹立
ちまぎれに鍵かけて自転車動けなくしてやろうと思って
駅前にむかいました。そうすると来たときに自転車屋を
紹介したおっちゃんがいて、事情を聞いて自転車屋のお
ばちゃんに連絡をとってくれた。しばらく待ってるとお
ばちゃんが到着、なんとか私の保証金も戻ってきたので
した。といってもこのおじちゃんも親切でやってくれた
のでなくて、しっかりおばちゃんへの連絡代を請求され
ました。まったくこういうことだけはしっかりしている。
こうしてなんとか無事に?蘇州を後にしたのでした。

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中国での接客態度

 中国の接客態度は大きく分けて二つあります。一つは個人
で商売やっている人の接客。もう一つは会社員や公務員の接
客。

 前者はしつこい。売れば売るだけ自分の収入になるので、
店の前でちょっとでも足を止めて商品を見ようものならたち
どころに店員につかまります。そしてこれはどんな商品だ、
いくらだ、いくら出せる、他にはこんな商品がある、何個
買うんだ、と質問攻めに会います。ただちょっと商品を見
たいだけ、というのを簡単には許してくれません。
 しかも商品を買うときは必ずふっかけられます。かとい
って言い値どおりで買うと大損です。だからいちいち値段
交渉するのがかなりめんどくさくって、商品を買おうとい
う気にならなくなってくる。


 扇子 最初125元→買値50元。ちなみに空港のお土産やで
    はにたような商品が198元でした。
 ガラスの置物 最初80元→25元。

 後者はなかなか態度が悪いです。お客に丁寧にしても自
分の収入が直接増えるわけではないからでしょう。百貨店
にいくと閉店前の時間から片付け始めてドアまで閉め出す。
出て行けなくなって困りました。棚に腰掛けて腕組んで話
とかしてたりもします。
 上海駅で切符買おうとして質問しようと英語で話し掛け
ると、さっさと切符だけ買ってどっかいけよといわんばか
りの態度で「あーっ!」と言って机たたいてそっぽ向いた
切符売り場のお姉さん。やはり中国です。いちいちこちら
もこんなことで腹立ててはいけないのでしょう。 

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三日目も騙され続ける

 3日目はホテルを変えることにして上海駅のまわりにホテ
ル探しに行きました。
 でも歩いていると次から次にいろんな人がホテルを探し
ているのかと声かけてくる。安い100元くらいのホテル探
しているんだというと一人のタクシー運転手が「俺が連れ
て行ってやる」みたいなこと言うので乗り込んだ。それが
トラブルの始まり。
 ホテルにつくといきなり運転手だけ降りていくとフロン
トで話し合いを始める。戻ってくると「ここは駄目だ」み
たいなことを言う。おいおまえ、安いホテル知ってると言
うから俺は乗ったんだぞ、何してんだと思ったが仕方ない。
だがこの後も次々にホテルを探して走り回って、ついに五
件目くらいで「ホテルがあった、280元だ」とのたまった。
もちろんその間も料金メーターは上がりっぱなし。
 ふざけんなよと思ってタクシーを降りた。ここは気合で
乗り切ろうと思って、その後はタクシー運転手と壮絶な怒
鳴りあい。まあ最悪殴り合いもありかなと覚悟を決める。
でもそうなっても勝てるだろうとふんでいた。向こうは料
金払えといってくるしこちらはふざけんなよと日本語と英
語で怒鳴り続けて数分間。らちがあかないので運転手ほっ
といて中指たてて歩き始めた。向こうも悪態ついて指立て
て怒っていたが、料金とるのはあきらめたようだ。でもい
いかげんなやつだなあ。
 しかしこのおかげで駅まで荷物もって歩かなくてはなら
なくなった。駅までもどるとまたいろんな人がホテル紹介
するといってくる。ところがそいつがまた嘘つきで、つれ
ていかれたホテルでしっかり断られる。
 そのうち一人がタクシー代払うから乗ろうというので行
くと、ホテルの料金も違うしタクシー代も俺に払えと言っ
てくる。しかもホテルについたらSARSの影響で体温検査が
あって見事に引っかかって宿泊拒否を食らってしまった。
考えても見て。蒸し暑い上海の街中を重い荷物もって三時
間も汗だくなって歩き回っていて体温上がらないやつはも
う死んでいるだろう。そんなことを中国語で説明できるわ
けもなく泣く泣くまた駅まで引き上げたのでした。もちろ
んタクシー代は払いませんでした。
 結局ホテルが見つかったのは探し始めて4時間後。声か
けてくるやつらは信用できないというのがよくわかったの
で、自分一人で見つけました。今度は体温測るときに体温
計脇にはさむ振りしてわざとずらしてあっさり合格。最初
からこうすればよかった。

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2003年の上海旅行

 学校の始まりを目前にしていますが、ブログは始まったば
かりで正直内容は寂しい。というわけで以前の日記から何か
コピーして貼ることにしました。中国出発を前にして、2003
年の春に上海を観光で訪れたときのことを紹介します。


これはSARSの蔓延にもかかわらず中国に観光に行った、一
人の馬鹿な中国の歴史好きの日本人の見聞録です。

 空港に着くとさっそく色々な人が声かけてくる。旅行業者
の人がホテルを紹介してくれるというので220元の市内のホ
テルを紹介してもらう。自分で探せばもっと安いのもあるか
なと思ったが、なにぶん夜も遅かったのでそこで良しとしよ
う。もう夜の11時だ。
 上海の浦東空港から市内中心部までバスで行くことにした。
タクシーの運転手がたくさん声かけてきて、バスは夜9時で
終わった、普通なら150元くらいかかるが、俺なら100元で市
内まで連れて行ってやると言ってくる。でも旅行社に確認す
るとバスはまだ動いているとのこと。みんな嘘つきだなあ。
ちなみにバスは16元。
 さてバスに乗り込む。疲れてぼーっとしていて、ふと気が
付いた。あれ、今このバス、車線変更を繰り返しながら3台
くらい車を追い抜いていかなかったか。ところがその後もバ
スはかっとばす。公共交通機関のバスなのに少しでも遅い車
がいるとホーンは鳴らすはライト点滅させてパッシングしな
がらあおりまくるはでいきなりすごいものみてしまった。日
本ではちょっと考えられないですね。
 その後タクシー乗っても同じでした。みんな少しでも邪魔
がいるとホーン鳴らしまくります。赤信号など守ることなく
行けると思ったら強引に突っ込んでいきます。歩行者も当然
信号など見てません。警察は大丈夫かなと思ったらそこはや
はり官僚が権力握りつづけてきた国、一番偉そうに突っ込ん
できたりするので油断ができません。私もすっかり交通マナ
ー守らなくなりました。
 日本に帰って上野の道路歩いていると後ろからパトカーが
きて「どいてください」とマイクで言ってきた。日本の警察
はなんて丁寧なんだろうと感動しました。でも最初日本でみ
んな赤信号守っているのがすごく違和感がありました。

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